先週思うことがあり、社長を名乗ることにしようと思いました。
早速Facebookのプロフィールの自分の会社のところを
Representative partner(代表社員)から「社長」という2文字に書き換えました。
(少しややこしいですが、もう一つの会社にも所属していてそちらは平社員です)
いろんなスタッフを見るようになったいま、自分は経営者であったり、社長である、自覚をもたなければ、と思った。社員を全力で応援するだけでなく全力で守れるようにならないと、強く意識した。
それ以前に自分がイケてないのでカッコイイこと言える身分ではないのですが。— 脇村 隆(wackey) (@wackey) May 24, 2016
大きな転機はここですね。
4月に会社の体制を大幅に変えて、極限まで会社を小さくしつつ関わる人を多くしていくという方向性に舵をとりました。
契約形態が業務委託契約だからといって、ひとつの会社の同じチームの大切なメンバーであるし、そして自分はそれをまとめていく立場。
大きな感情の変化として、関わるみんなの生活を守っていかなければと感じたことです。
たとえ自分の利益、自分の会社の利益にならなくても、病気をした、生活が厳しい、様々な状況のスタッフに対して自分はどう手を差し伸べていけるか。
それを考えるようになりました。
もちろん、少し前の時点で「全力で応援する」という思想が芽生えてきたこともあります。
共通した考え方でしょうか。
これから多く助けられることもあるだろうし、すでに助けられている部分も多いです。
みんなのことを大切にしたいという思いとみんなの生活や仕事環境を支えていく強い会社にしていきたいという意志も芽生えてきました。
「自分はこの会社の責任者だ」という自覚の持つ意味が以前と大きく変わり、強いものへと進化しました。
2012年6月。
会社を作りました。
一人会社なのだから、社長です。でも社長と名乗りませんでした。
まだ自分自身の仕事もちゃんと出来るわけでもないしスタッフもいるわけでもないので、社長と名乗るのもどうかと思ったのです。
2012年12月。
はじめて人を雇いました。
ようやく会社という形を意識し出しました。アルバイトが増え3人まで同時に雇い始めて、ようやくチーム、仲間という意識が芽生えはじめました。
それでもあくまでも代表者であり、社長という名乗り方はしていませんでした。
2016年4月。
ギルドワークス事業部を立ち上げ関わる人が増えました。
これから大きく育てていく上で、自分は外には社長という肩書きでこの会社で一番の責任を持った代表者であるという意識を持たなければいけないという変化が現れました。
でも、世の中一般的な経営者や社長と呼ばれる方たちの仕事のやりかたや考え方などには到底自分は及ばないと考え、社長と名乗ること自体は自分に不釣り合いだと考えていました。
※この時点では半分ふざけて自分の肩書きを「シャチョサン」とかウケ狙い路線でいこうかと相談していたぐらいです。
とは言え、この頃から社長と言われることが増えてきたのも事実です。
2016年5月。
全力で応援するという意識から、一人一人の課題を少しずつ見始めました。まだ関わるすべての方の状況までは確認出来ていないのですが、目先困窮しているスタッフから助けなければ!という意識が出てきました。
自分は「社長」として、関わるすべての方およびその家族の生活を支える立場であるという自覚も持たなければと意識しはじめました。
しかしながら、だらしない自分と仕事もこなせていない自分とのギャップ、それに苦しみ続けました。自分がまだまだなのにどうしてそんなに他の人を救うことが出来るのだろうか。
「社長」を名乗るには早すぎると思っていました。
でも、それは大きな間違いでした。
行動を変えるのは「意識」からなんですね。
自分が社長と名乗るのは早すぎるというのは、社長という責務を全うすることから逃げているだけ。そう、単なる逃げでしかない。
あえて今、「社長」と名乗ることで、自分の意識を根底から変えて行動を変えていこうという意志決定をしたのです。
6月に入り、具体的な案件も動きはじめ、ようやく会社組織として血液が流れはじめてきます。
自分が社長として隅々まで血液が行き渡るように、全力を尽くしていきます。
「社長」に就任したことをご報告申し上げます。
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