出石藩きもの祭りが出石城下町観光を2倍楽しくさせてくれた!〜史料館編

あいたい兵庫

あいたい兵庫 キャンペーン2012(2012/9/1〜11/30)の企画で但馬エリア観光二日目の記録です。
前日は城崎温泉の外湯巡りで旅の疲れも癒やされたところ、この日は豊岡駅へ向かい、そこからバスへ乗り換えて出石に向かいました。

写真はぱっと見た感じでは山とちょっとした広場に見えますが、よく見ると石垣なども見えます。そうです。出石城があります。ここは城下町でもあるのです。


たまたまこの日開催されていた出石藩きもの祭り

もともとこれを狙ってこの日に出石に行くつもりではありませんでした。単に城下町観光をして出石そばを食べて、お土産に権兵衛持ちを買って帰れれば良いと思っていました。

しかし、数日前それを教えてもらったのです。9月29日、30日に出石藩きもの祭りがあると。
きものを着て行くと特典があるとか、きものレンタルもあるとか、そういった情報を教えてもらったのです。ちょっと面白そうだけど、きもの着るかなぁ、とちょっと一人でそこまででしゃばるのは・・・と思っていたのですが!

辰鼓楼

ちゃっかりレンタルでお借りして着てしまい、出石のランドマーク辰鼓楼の前で自分撮りしてしまいました。
ちなみに辰鼓楼とはバックに映っている時計台のようなものです。

辰鼓楼

辰鼓楼は明治四年(1871年)旧三の丸大手門脇の櫓台に建設された鼓楼です。当時は一時間ごとに太鼓で時(辰)を告げました。明治十四年に医者、池口忠恕氏が大時計を寄付してからは、時計台として親しまれ、今では三代目の時計が時を刻み続けています。

このさらに奥の方に出石城が位置するのですが、ここを起点に城下町の中心部が拡がっているような気もします。

出石の史料館に行ってきた

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出石はお寺なども多くてそれだけでも十分まわる価値はあると思います。

しかし、せっかくなので、お寺以外の見学スペースはないものか、ということでまず訪れたのが史料館。

史料館

出石町は明治9年の大火により、5分の4以上の建物が焼失しました。史料館として使われている建物はその大火直後の建物で、生糸を商う豪商の旧邸です。
この家の為にわざわざ京都から専門の職人を招いて、お金に糸目をかけないで数奇屋風に造られた明治時代の代表建物です。

土台に使われている石だけでも家が一軒建つと言われたと伝えられる素晴らしい建物です。
昭和62年に兵庫県住宅百選に選ばれました。中には藩当時の記録、古墳からの出土品が展示されています。

現地でもお話をお伺いしたのですが、この建物の主は太っ腹のようで、こんなに素晴らしい建物を建てたのに出石町に譲ったのだとか。Wikipediaの情報も参考にされたい。

豊岡市立出石史料館 – Wikipedia

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一見、普通の古い民家のようにも見えるのですが、実は3つの建物で構成されていて、庭も含めると豪邸といってもいいぐらいです。そして、その中を順路(逆にまわってもいいらしい)通りにまわれるようになっています。

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この先は撮影禁止だったので、入り口の写真だけで恐縮なのですが、貴重なものを見せて頂きました。
出石藩の鎧、防具、武器のようなものから将軍が身につけるような立派な鎧まで。装束のようなものもありました。

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いたるところに、当時のものと思われるこのような立派な時計のように家具やツボ、掛け軸などが展示されています。

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こういう庭が見える廊下に奥の絵がなんとも風流です。

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撮影した写真をだいぶとばしましたが、広いだけでは無く、あらゆるパターンのデザインがされた家屋と感じました。

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というわけで、ここで、記念撮影。
この着物を着て、風情のある建物をまわり、その趣きを楽しみつつ、歩いたことがとても良い体験になりました。

しかし、今写真を見てきづいたのですが、ここに「出石藩きもの祭り謎解き巡り(上級編)」との表示が。実はそんなイベントもやっていたのです(ボクは初級編が一個しか解けていません・・・)。

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史料館の情報はこちらをどうぞ!

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そして、ここにさりげなく置いてあったのが、出石そば。さりげなく宣伝にもなっていますが、この出石では出石そばが名物です。お土産にも良いのですが、現地で食べるのも良いので、それは別の記事にてご紹介したいと思います!