結論から言えば、20年ずっとコンプレックスだった「器用貧乏」が、AIのおかげで少しずつ武器に変わってきた、という話です。
ゼネラリストか、スペシャリストか
ムジログでは、この問いを何度も書いてきました。答えはいまだに出し切れていません。
僕はやりたいことが多すぎて、Webも、文章も、デザインのさわりも、経理も、ぜんぶ手を出してきました。その結果が「あらゆることが出来る=あらゆることが中途半端」です。どれも人並みより少し上、くらいで止まっている。
経歴だけ見ると一応それっぽくて、もともとはWebエンジニア・コーダーで、勉強会も主宰していたし、10年以上前にはWeb APIの入門書も出しています。
そのくせ、Photoshopのマスクをちゃんと理解しないまま今日まで来ているし、確定申告では毎年のようにエラーを出しています。どの分野も、入り口だけ知っている。ずっとそういう自分が、あまり好きではありませんでした。
AIを間に挟んだら、話が変わってきた
ところが、Claude CodeやGoogle Antigravityを日常的に使うようになってから、この「入り口だけ知っている」が、急に効きはじめました。
コードを全部自分で書けなくても、「何をやらせたいか」を言語化して、出てきたものが正しいか変かは判断できます。デザインも、指示とレビューはできる。文章も、経理まわりの用語も、素人ではないくらいには分かる。
やってみて気づいたのは、AIが「深さ」のほうを肩代わりしてくれる時代だと、人間に必要なのは各分野の”判断できるだけの浅い理解”を、横断的に持っていることだ、ということです。そしてそれは、器用貧乏が20年かけて、なんとなくためこんできたものそのものでした。
器用貧乏は、AIの操縦席に座るための免許みたいなものだったのかもしれない。
ただし、浅くても一度は自分で触っておくこと
もちろん、ひとつの分野を深く掘り続けた人の強さは、これからも変わりません。そこは正直に書いておきます。
ただ、「あれもこれも中途半端で、何者にもなれなかった」と落ち込んでいた人ほど、いまAIと組むと化けるんじゃないか、と個人的には思っています。
ひとつだけ条件があるとすれば、浅くていいので、一度は自分の手で触っておくことです。触った経験がゼロだと、AIが出してきたものが良いのか悪いのかも判断できません。インプットしたらアウトプットする、という昔からの原則は、AIが相手でも同じでした。
というわけで
20年ずっとコンプレックスだった器用貧乏を、これからはむしろ売りにしていこうと思っています。
まだ「変わりつつある」の途中で、確信があるわけではありません。でも、走りながら確かめていきます。やってみて分かったことは、またこのムジログに書きます。
それでは、また。
コメントを残す